ファッションブランドと病院・研究所との協働、その研究内容と商品開発

ファッションブランドと病院・研究所との協働、その研究内容と商品開発

SOLITと病院と研究所の連携

私たちSOLITでは、障がいや身体的特徴を問わず、それぞれの好みや体型に合わせてファッションを楽しめるような衣服を作っています。これまでもわたしたちの衣服開発は、SOLITの理学療法士・作業療法士など、リハビリテーションを専門とするメンバーや、服に関して違和感や課題を感じてきた、いわゆる「当事者」の仲間と一緒におこなってきました。

2021年5月からは、医療法人えいしん会岸和田リハビリテーション病院、SOLIT株式会社、SDX研究所は、岸和田リハビリテーション病院に入院している入院患者または訪問リハビリテーション利用者を主な対象とし、ファッションに対する希望を実現し、臨床データを蓄積・応用することで個別性と多様性のあるサービスと商品開発を実施しています。

今回はこれまでの研究やどのように商品への反映に至ったのか、具体的に事例を合わせてご紹介させていただきます。

協働開始時のプレスリリースはこち

 

これまでの具体的な研究の進め方

協働開始から約2年間、病院での入院患者さま・訪問リハビリテーション利用者のみなさまと一緒に具体的な課題解決に向けて、以下のような段階に分けて調査・研究を進めています。

具体的には、ボタンやファスナーを使った衣類の着脱に課題を感じる方が多いため、マグネットボタンのリペアやジッパータブを使用するなどの提案を実施し、患者さまとセラピストで意志を確認し、現場の状況を踏まえて選択肢を検討します。

5段階の研究・調査

1. 病院でまず10症例ヒアリングや調査をする
・患者さま:現状の課題や想いなど、ご自身の意思を伝えていただく
・セラピスト:現場を見て動画撮影・メモを取り、対応すべき課題と解決策を検討

2. セラピストとSOLITで該当課題を解決出来るようなツール・パッケージを検討

3. 対応可能なツールとパッケージを選び、実際に実施・検証をする

4. 個別対応する中で症例ごとの研究を深めていく

5. 患者さまご本人がどの対応を希望しているか確認し、実際に介入する


介入の方法 / ツール・パッケージ内容

  • SOLITの既存パーソナライズプロダクトそのものを使用して対応
  • SOLITの衣服に活用されているパーツやデザインを使用して対応(例えば、ボタンを変更するなど)
  • SOLITの複数のパーツやデザインをかけあわせたパッケージを使用して対応(例えば、生地やわき周り改善)
  • SOLIT以外のツールやデザインによる対応

 

研究結果:脳卒中患者に対するマグネットボタン付きシャツでの更衣練習により更衣動作が改善した事例

SOLITのプロダクトを使用した研究結果の学会発表の内容の一部をご紹介します。これは、脳卒中患者に対するマグネットボタン付きシャツでの更衣練習により更衣動作が改善した事例です。

そもそも、服のデザインを変えることで介護者の身体的負担が軽減したというデータや、ズボンの大腿部をファスナーに変えることでトイレでも着衣がしやすくなるというデータや研究結果は以前から報告されています。

しかしながら、衣服の環境的アプローチを実施してる試み自体の事例は少なく、その効果も明らかになっていない場合が多いのが現状でした。

※参考文献
Evaluation on an ergonomic design of functional clothing for wheelchair users - ScienceDirect
https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-23500909/23500909seika.pdf

 

今回の事例の症例紹介

今回の事例では、注意障害(※1)があり、衣服の着脱動作に改善を認めない患者さまに対して、マグネットボタン付きシャツを提案し、動作練習を中心としたリハビリテーションを実施することにより、衣服の着脱の動作が改善するのかを検証しました。

症例紹介

症 例 80歳代男性
診断名 右前頭葉脳梗塞
現病歴 発症日に下肢脱力感,歩行障害が出現し救急搬送、約2週間後に当院へリハビリテーション目的にて転院
既往歴 高血圧,腰椎圧迫骨折
生 活 家族で野菜を作っており、病前まで手伝っていた
希 望 退院後も農作業を手伝いたい
基本動作 見守りレベル
※更衣評価時には農作業時に着ていた服と同様の前開きシャツを使用

 

脳卒中患者のシャツ着脱の問題点は3つ

私服の前開きシャツの着脱の問題点は以下の3つでした。

1つ目は、指先の機能が低下しているため、1つのボタンの着脱に30秒程度必要だったこと。2つ目は、持続性・転換性注意機能の低下です。3つ目は、手指感覚機能の低下のため、ボタンやボタンホールの確認が困難という状況でした。

研究方法は、着脱に課題のあった私服の前開きシャツとその課題を克服するためのマグネットボタン付きシャツを実際に着用していただき、介入前後での評価を比較しました。

自分の一番好きなシャツを着続けるためにリハビリをする患者様

評価方法と結果

FDA(※3)・更衣時間・着衣困難感(VAS)・満足感(VAS)を評価しました。前後とも、肘掛け椅子座位にて実施し、課題指向型訓練の内容は、ボタン付けの順番指導、部分練習、エラーレスでの更衣練習としています。

結果としては、以下グラフからも分かるように課題であったボタンの着脱動作において、大幅に衣服の着衣時間が減少しました。私服の前開きシャツの場合は1つのボタンにつき、30秒かかっていたのに対し、提案したマグネットボタン付きシャツにおいては一つのボタンが5秒程度で着脱が可能になりました。また、患者さまご自身の着衣困難感も減少している結果となりました。

介入前の私服の前開きシャツ(A期)と介入後のマグネットボタンシャツ(B期)における更衣時間の減少を表す結果のグラフ

上図:介入前の私服の前開きシャツ(A期)と介入後のマグネットボタンシャツ(B期)における更衣時間の減少を表す結果のグラフ

介入前の私服の前開きシャツ(A期)と介入後のマグネットボタンシャツ(B期)における着衣困難感(VAS)の減少を表すグラフ

上図:介入前の私服の前開きシャツ(A期)と介入後のマグネットボタンシャツ(B期)における着衣困難感(VAS)の減少を表すグラフ

衣服の課題は精神的負担の軽減にも

衣服の着脱に関する課題を顕在化し、対策としてマグネットボタンのよるボタンの着脱の簡略化をすることにより、実際に更衣時間の短縮や、着衣困難感の改善、さらにご自身の満足度が向上する結果となりました。外出への精神的な負担や、ご家族に着替えを手伝ってもらう負担などに対してのストレスが軽減できたり、自立性を促進できたり、日常生活を快適に過ごせることの一つの要因となると考えています。

着衣時間と着衣困難感は相関するという先行研究を支持しており、質的な評価を活用した衣服への環境的なアプローチは更衣時間と心理面へ影響を与える可能性、そして、環境的なアプローチと課題指向型訓練(※2)を併用することで、更衣動作改善へ向けた更なる効果が期待できる可能性が示唆されるという結果となりました。

注釈)
※1 注意障害とは「注意散漫で他の刺激に気が移りやすく、一つのことに集中出来なくなる」高次脳機能障害の一つ
※2 課題指向型訓練とは 、患者の状況や環境を考慮し、行動目標を明確にした上で、多様な条件下で課題を設定し、さらに難易度を調整しながら反復練習することで、運動パフォーマンスを改善させる方法。
※3 FDA(Functional Dressing Assessment)更衣動作評価尺度のこと

 

研究中の事例から商品開発に反映:ジッパータブの事例

2022年12月に発売されたオールインクルーシブバックは、岡山県倉敷市を拠点にサーキュラーデニムを開発するland down underとのコラボレーションから生まれました。

SOLITのオールインクルーシブバッグは、麻痺のある方と見えない方と一緒に開発しました

実は、このオールインクルーシブバッグのカスタマイズの案も、研究・分析を行っている過程の中で、生まれたものです。商品購入時のカスタマイズとして、チャックの開閉が簡単にできるように「ジッパータブ」を付属させることができます。

私たちの研究は、岸和田リハビリテーション病院で、対象者とセラピストで意志を確認し、現場の状況を踏まえた上で選択肢を検討しています。それぞれに衣服に関する課題も、今後どうなりたいのかなどの考え方も、一人一人異なります。私たちは、それぞれの対象者に対し、それぞれの衣服に関する課題を解決するためには、どのようなことが出来るのかを考え続けています。

今回、ご紹介させていただいた研究事例は、ボタンを改善することで、更衣時間の短縮や、着衣困難感の改善、さらにご自身の満足度が向上する結果となりました。しかし、ボタンの問題を解決するだけでは、要望に答えることが出来ない場合もあります。

硬さと柔らかさのいいとこ取りをしたSOLITのジッパータブ

例えば、ファスナーの着脱の課題については、ボタンの変更では課題の解決ができません。その際に、ファスナーの着脱の課題をどのように改善することができたら、着脱がしやすくなるのか、を検討していた際に「ジッパータブ」という存在を知り、活用することを考えました。

調べてみると価格も手頃で、比較的取り入れやすい価格でした。そこから、実際にファスナーに取り付け、衣服の着脱の動作が改善するのかを検証し、着脱時間が短縮されたという検証結果を得ることが出来ました。

「ジッパータブ」の事例については学会発表まで至ってはおりませんが、研究の中で、着脱時間の変化が明確に短縮されたという事実と、とても喜んでいただいた事例を元に、オールインクルーシブバッグの商品開発へ反映することが出来ました。

All inclusive bag(オールインクルーシブバック)のコラボの詳細はこちら>

 

これまでの研究を振り返って

私たちの研究は、「本当に困っている人に、困っているタイミングで、それぞれの人に何ができるのか」を考えて対応しています。

例えば、岸和田リハビリテーション病院でのリハビリの時間内で研究に協力して頂いているため、本当に困っている患者さまがいなければ、この研究はスタートさえしません。よって、症例が右肩上がりに増えることはありません。また研究中の患者さんの体調によっても中断が起こりますし、患者さんと関係性が築けていないと、普段の生活が見えにくいため、適切な提案が難しいという課題も見えています。

 岸和田リハビリテーション病院のセラピストの皆さん

ご本人の課題や希望にそって、ボタンの改善のためにマグネットボタンを提案したところで、実際に選択されない方もいらっしゃいます。ボタンを全て変更する場合、例えば男性服のシャツだと7個前後の複数のマグネットボタンが必要です。

パジャマやルームウエアなどの限定的なアイテムだけであれば、比較的取り入れ易いのですが、全ての衣服のボタンを変更したいという場合には、経済面で難しいという事例も実際には存在します。改善案として提案させていただきましたが、経済面で選択をされないという事例です。実際に選択するのは患者さまご自身です。

このような事実は、簡単に解決できない難しい部分でもあります。しかし、事実を把握していること自体に価値のあることだと感じています。

「機能面の部分だけをを考えた場合、マグネットボタンは改善に向けた選択肢としてとても良いと感じているが、経済面を考えたときに選択されない場合がある」という事実を把握していることにより、私たちに何かできることはないだろうかと解決策を考え続けることができます。

同様に、衣服の購入やファッションの選択肢としても、どんなに環境や人権に配慮されている衣服があり選択肢として存在したとしても、経済面や他の理由で購入の選択をしない人もいます。ただ、それを否定するのではなく、事実を受け止め、どうしたらありたい未来に近づくのかについて、考え続けていくことが大切だと考えています。

 現在出来ていること、まだ出来ていないことを事実として受け止め、これから実現したいと思っていることに向けて前向きに取り組むというのが、SOLITらしい研究の続け方だと思っています。

研究という言葉は、「患者さまが被験者」として、顔が見えない相手を対象に研究を重ねていく印象がありますが、それぞれ個人の背景を考え、対象となる方が自分で決めて自分で選択することや、一人一人の尊厳を尊重した研究をしていきたいと考えています。

 

オールインクルーシブな社会にむけて

積極的な学会の活用と学会発表の研究内容をSOLITとしてアウトプットしていき、誰もが使えるデータとして蓄積していくことで、これからオールインクルーシブファッションという取り組みを始める方のデータとなったり、そんな企業が増えていくことで、オールインクルーシブな社会に近づくと考えています。

まずは、ある程度の身体的特徴や分類によっての課題解決に向けて、提案できるカスタマイズのマップを作成し、病院での一人一人の課題解決のための提案やSOLITの商品開発に生かしたいと考えています。データを元に根拠をもった提案ができることで、安心して購入いただける一つの材料になると考えています。

SOLIT代表の田中美咲、患者様とセラピストの方々と対話

日本ではまだまだ「医療・福祉×ファッション」の取り組みや研究が進んでいないのが現状です。実際に、医療、介護の臨床現場でも、体系的なデータや経験値としてのノウハウの蓄積が十分でない場合も多いそうです。誰もが使えるデータとして、誰でも、どの病院・臨床現場でも使えるようなデータの蓄積が学会発表のデータです。このようなデータの蓄積によって、困っている方の課題解決に繋がるのではないかと考えています。

 

もし、「医療・福祉×ファッション」の取り組みや「誰でも着られる」服作りについて、どうしたらいいのか、どんな服の作り方をしたらいいのか、迷ってる方や興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください。

まだまだこれから作り上げていく部分も多いですが、議論を重ねながら、私たちの持ってるノウハウやデータを元に、根拠をもった商品開発やオールインクルーシブな服作りやより良い商品開発を一緒にしていきませんか。

引き続き、わたしたちSOLITと「オールインクルーシブ経済園」の実現にむけて、共に実践して下さる方を募集しています。調査データやインクルーシブデザインの考え方を用いた企画開発、事業展開のサポートが必要な方がいらっしゃいましたら、以下の「お問い合わせフォーム」よりいつでもご連絡ください。

 

お問い合わせ

https://solit-japan.com/pages/contact 

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