こんにちは。SOLIT!プロダクトデザイナーのメリナです。
2025年3月7日(金)に京都工芸繊維大学で行われた、第20回日本感性工学会春季大会にて、若年層の車いすユーザーやジェンダーフリーファッションを楽しむ人々に向けて開発した「Dawn One Piece」のデザイン評価について発表しました。本研究では、他者からの印象に着目し、服が与えるイメージを分析した結果の共有となります。
また、日本感性工学会とは、従来の人文科学・社会科学・自然科学と言った枠にとらわれることなく、 幅広い学問領域を融合して、「感性工学」という新しい科学技術を立ち上げ、展開している学会です。簡単にいうと、人間の感性や感情を科学的に分析して、製品やサービスのデザインに活かす学問の、論文や研究の発表をする場です。詳しくは、日本感性工学会ホームページをご覧ください。
SOLIT!の取り組み
SOLIT!はアパレルブランドとしての枠を超え、オール・インクルーシブな社会の実現に向けて、多角的な取り組みを行っています。私たちのチームは、ファッション関係者、医療・福祉従事者、クリエイター、PR・マーケティング領域の専門家など、多種多様な分野のプロフェッショナルで構成されています。
それぞれが異なるバックグラウンドを持ちながらも、多様な人も地球環境も考慮された「オール・インクルーシブな社会」を実現しようという共通のビジョンのもとに集まり、既存の社会に新たな価値を創造するべく活動しています。
日本感性工学会での発表
今回はその活動の一例として、「若年層障がい者のためのインクルーシブ・ジェンダーフリーファッション―車椅子利用者向け被服の設計と評価―」というテーマで、日本感性工学会にて発表を行いました!
これまでSOLIT!では、多様な当事者と共にインクルーシブな製品開発を進めてきましたが、その成果を体系的に整理し、検証する必要性を感じていました。特に、「着やすい服ができた」といった感覚的な評価にとどまらず、「その服が社会の中でどのように受け取られるのか」といった、他者の視点からの印象も客観的に捉えることで、SOLIT!が目指す価値観と実際の印象にズレがないかを確かめたいと考えました。
個人的な背景としては、私には以前から「感覚だけで終わらせず、きちんと学術的に発信していきたい」という思いがありました。ちょうど私自身が共立女子大学の被服学科で勤務していることもあり、研究という形で評価をまとめて発表するという流れが自然に重なりました。環境とタイミングがぴったり合致したことで、「今こそ、これまでの取り組みをアカデミックな形で届けるチャンスだ」と感じ、初めての学会発表に挑むことを決めました。
発表した研究の概要
これまで私たちは製品開発をする際に、企画段階から多様な当事者を巻き込む「インクルーシブデザイン」の実践を通して開発をし、それゆえにデザイナーが勝手に思い込みによって当事者の課題をあたかも解決したかのように捉えるのではなく、共にデザインをおこなうことで「機能的」「心理的」「社会的」にも価値のあるプロダクトを開発するよう挑んできました。
そこで今回、2024年に出場したバンクーバーファッションコレクションに向けて開発したプロダクトの一つであり、現在も販売されている「Dawn One Piece」の設計と評価を行い、そのデザインがもたらす心理的な影響について分析しています。
若年層のインクルーシブデザイン市場における選択肢は極めて少なく、特に「おしゃれをしたい」「自分らしさを表現したい」という願いに応えた機能性も確保されている服はほとんど存在しません。
例えば、車椅子を利用している場合、一般的なワンピースでは背面にファスナーがあることで着脱がしづらかったり、フレア分量が多いと車輪に巻き込まれてしまうことがあります。また、ジェンダーレスなファッションを楽しみたい人にとっては、男女の枠組みにとらわれないデザインが求められますが、そのような商品は市場にほぼ存在しませんでした。
そこで、私たちは、車椅子ユーザーでも快適に着られ、かつジェンダーフリーなデザインを取り入れたワンピースの開発に取り組みました。本研究では、FEAモデル(Lamb & Kallal,1991)を用いて、機能性だけでなく、自己表現や心理的な満足度にも焦点を当て、着用者が自信を持ってファッションを楽しめるデザインの可能性を評価しました。
図1:FEAモデルの説明資料(発表資料より一部抜粋)
研究の結果と考察
私たちは、試作品(ワンピースA)とDawn One Piece(ワンピースB)について、どのような印象を他者に与えるかを調べるためにBSRI(Bem Sex Role Inventory)を用いた評価実験を行いました。
今回は、服飾を専門とする女子大学生158名に写真を見てもらい、それぞれのワンピースが、どのような印象を与えるのかを7段階のリッカートスケールを用いて評価しました。
図2:BSRIの説明資料(発表資料より一部抜粋)
その結果、Dawn One Piece(ワンピースB)は「決断力のある」「意志の強い」「行動力のある」といった、いわゆる“強さ”を感じさせる印象が多く寄せられました。これは、障がいのある方に対してありがちな「助けを必要としている受け身の存在」といったイメージとは異なり、「自立し、能動的である」というイメージを周囲に与える可能性があることを示しています。
図3:試作品(ワンピースA)とDawn One Piece(ワンピースB)の差異の説明資料(発表資料より一部抜粋)
また本研究では、ジェンダー「レス」とジェンダー「フリー」の違いについても考察を行いました。
ジェンダー「レス」は、男性らしさ・女性らしさといった性別の特徴をできるだけ取り除き、誰でも同じように着られることを重視する考え方です。たとえば、シンプルで性別の特徴が少ないデザインがその代表です。今回の試作品であるワンピースAはこの方向性に近く、性別のイメージが感じられにくい、いわば“中性的”な印象を目指したデザインでした。
一方で、Dawn One Piece(ワンピースB)は、ジェンダー「フリー」の考え方に基づいています。ジェンダーフリーは、男性的な要素と女性的な要素を両立させながらも、それぞれの性別に縛られず自由に選べるようにするというアプローチです。
実際に、Dawn One Pieceはスカートの優美さ(女性性)とベストのシャープさ(男性性)をバランスよく取り入れ、どちらの性別にも偏らない、新しいファッションのあり方を表現しています。因子分析の結果からも読み取ることができ、Dawn One Piece(ワンピースB)は男性度と中性度は高いが、本来ワンピースが持つ印象である女性度は低い結果になりました。
図4:試作品(ワンピースA)とDawn One Piece(ワンピースB)のジェンダーに関する印象の説明資料(発表資料より一部抜粋)
このように、「ジェンダーレス=性別を希薄化させる」ではなく、「ジェンダーフリー=性別の枠を超えて自由に表現する」という視点を取り入れることで、着る人が自分らしく装うための可能性が広がることがわかりました。
ファッションは単に着やすさや見た目の美しさだけでなく、「この人はどんな人だろう?」という周囲の印象や、そこから生まれる対人関係にまで影響を与える重要な役割を持っています。そして今回の研究は、インクルーシブファッションが、社会からの見られ方までも変えていける可能性を示しました。
なぜこの研究が重要なのか
現在、障がい者向けの衣服は、機能性に重点を置かれることが多く、ファッションとしての選択肢が非常に少ないのが現状です。特に、若年層の障がい者向け市場は規模が小さく、経済合理性が乏しいため、商品展開が進みにくい課題があります。
また、ジェンダーフリー・インクルーシブファッションに関する研究自体が少なく、特に障がい者向けのデザインにジェンダーの視点を取り入れる試みはほとんどありませんでした。
「障がい者」「セクシュアリティ」「ジェンダー」それぞれが個別のテーマとして設定された解決策はいくつかありますが、その交差性(インターセクショナリティ)であったり、本人の気持ちや自己表現にも画一的なものがないことや揺らぎがあることを含めた「あいまいさ」が軽視されていたり、多様性の表象(レプレゼンテーション)が見落とされたものが多く存在します。
しかし、ファッションは単なる衣服ではなく、自分を表現する重要なツールです。服装によって、自分自身のアイデンティティを表現し、社会とのつながりを持つことができるとも言えます。特にジェンダーフリーなデザインがあることで、自分が内面で感じている性別や個性と見た目として表現するもののギャップを埋めやすくなり、自己肯定感が高まると考えています。
この研究は、単に「着やすい服」を作ることを目的としているのではなく、ファッションを通じて誰もが自分らしく、堂々と生きられる社会を実現するための一歩になることを目指しています。
今後の展望
今回の研究では、インクルーシブファッションにおける可能性を探りました。特に、ファッションが持つ印象をつくる力を通じて、より自分らしく、前向きに自己表現できるためには、どのようなデザインが求められているのかを明らかにすることができました。
今後は、より幅広い方々と一緒に制作しながら、デザインの改良やラインナップの拡充を進めていきたいと考えています。
さらに、学会発表や研究活動を通じて、インクルーシブデザインが一体どんなものなのか、そして身近に感じられるように、より多くの人に伝えていくことも今後の大きな目標です。福祉や医療、教育、ビジネスなど、他分野との連携も視野に入れながら、SOLIT!が目指す「誰も取り残さない社会」の実現に向けて、活動を広げていきたいと考えています。
最後に、本研究にご協力いただいた共立女子大学の古川貴雄先生をはじめ、多くの関係者の皆さまに心より感謝申し上げます。
参考
- 日本感性工学会ホームページ https://www.jske.org/about/
- 共立女子大学被服学科ホームページ https://www.kyoritsu-wu.ac.jp/academics/undergraduate/kasei/hihuku/
- 原稿データ 若年層障がい者のためのインクルーシブ・ジェンダーフリーファッション―車椅子利用者向け被服の設計と評価―.pdf